
かつて韓国では、「ひとりで食事をする=友達がいない寂しい人」というネガティブなイメージが根強く、複数人で食卓を囲むことが当然とされてきました。一人客を敬遠する飲食店も珍しくなく、一人で外食をするのはどこか肩身が狭い行為と見なされていたのです。
しかし近年、その状況は劇的に変化しています。「혼밥(ホンバプ)」と呼ばれる「ひとりご飯」は、若い世代を中心に広く受け入れられ、個人の自由や満足を追求する一つのライフスタイルとして定着しつつあります。背景には、メディアの影響や個人の価値観の多様化、そしてコロナ禍を経た社会全体の意識の変化があります。
本記事では、韓国で「ひとりご飯」がどのように社会に浸透し、人々の意識や外食産業、さらには職場の文化にまで影響を与えているのかを調査データや事例を交えながら解説していきます。
現代韓国社会の縮図?「ひとりご飯」

ソウル在住の20歳から59歳の377人を対象にした韓国消費者政策教育学会の調査によると、回答者の大多数が1人での食事を積極的に楽しんでいることが明らかになりました。調査では、32%(121人)が「美味しさの追求」「自由な感覚」「経済的に割安」などを理由に、自発的に1人で食事を選んでいると答えています。
こうした変化の背景には、メディアや現代韓国の経済環境も大きく関わっています。
メディアでは、日本の人気ドラマ『孤独のグルメ』や『深夜食堂』が韓国でヒットし、韓国のリアリティ番組『나 혼자 산다(私は1人で暮らす~シングルのハッピーライフ)』でも、女性アイドル歌手が1人で焼肉を美味しそうに平らげる姿が大きな話題となり、「好きなものを、周囲を気にせず思いきり楽しむ姿」に多くの若者が共感しました。
さらに最近のニュース記事(https://diamond.jp/articles/-/361581?page=1)を紹介すると、昨年末から経済の悪化で忘年会や飲み会が激減しており、食事中に政治の話が出ると対立が生じやすいため、トラブルを避けるためにホンパブを選ぶ人が増えているとのこと。ひとり焼肉専門店の店員は「若者がひとり飯を好む訳は、同行者の好みなどを気にせずに、自分の好きなものをすぐに食べられること、それに割り勘の計算をする必要もないから特に大学生や会社員に人気がある」とのこと。経済的な困難と政治的な分断が進む中、人々は食事すらも慎重に選ばなければならない時代になっているのかもしれない。
Solo dining means ‘freedom’ for young Koreans — but it could also be making them unhappy
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コロナ禍が加速させた「個食化」と外食産業の変革

コロナ禍は、韓国における「ひとりご飯」文化の拡大に一層の拍車をかけました。パンデミック期間中はソーシャルディスタンスの確保が求められ、外食に対する制限が強化されたことで、社会全体の意識に変化が生まれたのです。
ソウル市が2023年5月に発表した「夜間活動活性化に関する世論調査」によると、「コロナ以降、飲み会文化が減少した」と答えた人の割合は64.4%にのぼりました。感染防止のため、自宅や職場で黙々と食事をとる生活が続いたことで、「食事は必ずしも誰かと一緒でなくてもよい」「1人の食事も快適だ」という価値観が浸透したと考えられます。
また、コロナ禍はライフスタイル全般にも大きな変化をもたらしました。リモートワークやオンライン授業の普及により自宅で過ごす時間が増え、自炊やデリバリーの利用が日常化した結果、人付き合いに煩わされない、個人のペースを大切にした食生活に慣れる人が増えていきました。
このように、社会全体で「ひとりで生活し、行動する」人の数が増えたことは、外食産業にも大きな影響を与えています。実際、韓国の飲食業界では増加する単身者の需要を取り込むべく、従来は大人数向けだったチキンやピザにも、1人前の小容量メニューを次々と開発・提供し始めています。
たとえば、大手フライドチキンチェーンのキョチョンチキンは、「シングルシリーズ」と銘打った1人用サイズの商品を発売。また、ピザチェーンのマムズタッチも、直径11インチの1人用ピザを専門とする新ブランドを立ち上げました。
このように、合理的な量と価格で楽しめる1人前メニューが外食市場で存在感を増しており、コロナ禍で育まれた個食志向と相まって、「ひとりご飯」文化はますます社会に定着しつつあります。
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職場における休憩時間の使い方の変化

このような「ひとりご飯」文化は、職場における休憩時間の使い方にも変化を与えました。
以前は、昼休みも同僚と過ごし、昼食をとりながら仕事の延長のようにコミュニケーションを深めることが重視されていました。しかし近年では、「昼休みくらいは自分の自由時間として使いたい」と考える若手社員が増えています。
エムブレイン・トレンドモニターが発表した「2023年会社員の昼食に関する認識調査」によると、「職場の昼食時間は同僚との親睦の場ではなく、自分の休息の時間だ」と考える人が多いことが明らかになりました。特に20〜30代では、昼休みに「ひとり飯」をする人の割合が年々増加しており、2020年には31.8%だったものが、2021年には35.3%、2022年には42.6%に達しています。実に20〜30代の約半数が「昼は一人で食べたい」と回答しており、40代(38%)、50代(31.6%)を大きく上回っています。
一方で、「昼食は部署の人と一緒に食べるべきだ」と考える人は全体のわずか20.3%にとどまり、「一緒に食べるかどうかは気にしない」とする人は過半数の51.2%に上りました。
多くの若手社員にとって、昼休みは上司や同僚に気を遣うことなく、スマートフォンで動画を見たり、仮眠や軽い運動をしたりしてリフレッシュする大切な時間です。中には、社員食堂ではなくカフェやジムへ向かう人もおり、「休憩時間まで職場の人間関係に縛られたくない」という意識がうかがえます。
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まとめ
かつてネガティブなイメージを持たれていた韓国の「ひとりご飯(혼밥:ホンバプ)」は、メディアの影響や個人の価値観の変化、そしてコロナ禍を経て、今や多くの人々に受け入れられるライフスタイルへと変貌を遂げました。食事の楽しみ方や、他者との関わり方に対する意識が大きく変わりつつあることを示しています。
「혼밥(ホンバプ)文化は現代社会の縮図」とも評されるように、経済的な状況や社会構造の変化の中で、人々が日々の食事においても個人の満足度や合理性を重視するようになったことの表れと言えるでしょう。特に若い世代は、仕事においても私生活の充実や自己尊重を重視する傾向があり、働き方や人間関係における価値観の多様化が進んでいることがうかがえます。こうした社会的・文化的背景を理解し、個人の価値観を尊重した柔軟なコミュニケーションや職場環境づくりを意識することが重要です。