
近年、人工知能(AI)は急速に発展し、ビジネスや社会のさまざまな分野で活用が進んでいます。韓国においても、政府の積極的な政策や企業の戦略的な取り組みにより、AI市場の成長が加速しています。本記事では、韓国におけるAI市場の発展と政府の取り組み、具体的な活用事例、さらには日本での就職を目指す韓国のエンジニアの増加傾向について詳しく解説します。
AI市場の発展と政府の取り組み

政府による法制度・規制の整備と国家戦略
韓国では、AIの安全性と信頼性の確保、さらには産業育成を目的として、包括的な法制度の整備が進められています。その一環として、2024年12月26日に「AI基本法」法案が議決され、2026年1月の施行が予定されています。
「AI基本法」には、国家レベルのガバナンス体制の構築、AI産業の育成支援、生成型AIや高リスクAIの安全性・信頼性を確保するための検証・認証制度の導入が盛り込まれています。韓国はEUに次ぐ先進的なAI規制枠組みを採用し、透明性や安全性の確保を法的に義務付けることで、産業成長と公共の信頼を両立させることを狙っているとのことです。
また、韓国政府はインフラ面での実務支援にも力を入れており、AIパークやデータセンターの整備など、AI産業の成長を後押しする施策を推進しています。
国家戦略とグローバル競争への挑戦
韓国政府は「国家AI戦略の政策方針」を発表し、AIコンピューティングインフラの拡充、民間投資の促進、産業界・公共部門でのAI導入率向上を目指しています。この政策では、「先進GPUの能力拡大」「民間投資65兆ウォン規模の促進」「AI技術革新の加速」「グローバルリーダーシップの強化」という、4つのAIフラグシッププロジェクトが掲げられています。さらに、人材育成、公正な環境整備、国際競争力の強化を支える4つの基本政策を推進し、韓国を世界トップ3のAI大国に押し上げることを目指しているといいます。
企業の戦略的シフトと政府支援の連携
韓国の通信業界では、AI市場の拡大を背景に、大手企業が戦略的シフトを進めています。SKT、KT、LGユープラスなどの通信大手は、従来の通信事業の成長限界を克服するため、グローバルAI企業への転換を加速させています。
:SKTー「AIピラミッド」戦略を導入し、全事業領域にAIを組み込む方針を採用。韓国語LLM基盤の個人秘書サービス「Adot」の高度化を進めるとともに、グローバル展開を視野に入れた「Global Telco AI Alliance」を形成しています。
:KTーLLMと軽量化モデル(SLM)を同時提供する「マルチオプション」戦略を展開し、企業規模や用途に応じたカスタマイズを可能にしています。
:LGユープラスー通信・プラットフォーム特化型のバーティカルAIを活用し、効率的なリソース活用と市場参入を進めています。
これらの動きは、政府による法整備や国家戦略と連動し、韓国全体のAI市場の発展を促進する取り組みとして注目されています。今後、韓国がAI分野における国際的な競争力を強化し、世界トップクラスのAI大国へと成長することが期待されます。
AIの活用分野

企業内業務への生成型AIの導入
韓国国内の企業では、約72%がすでに生成型AIを業務に導入しており、その利用によって生産性が改善されたと評価されています。
具体例として、LG電子はSQLコードの自動生成システムを活用し、大量データの分析を効率化しています。また、POSCOホールディングスは、ニュースのリアルタイム分析と専門用語の処理を行うAI検索システムを構築し、情報収集の効率化を図っています。
公共部門では、韓国銀行や国会図書館などが独自の小型言語モデル(SLM)を利用し、内部業務のデータ分析やセキュリティ対策に活用している事例もあります。
通信業界におけるAIサービスと新規事業
通信各社は、従来の通信インフラに加え、AIを用いた新たなサービス提供を進めています。具体的には、AI個人秘書(PAA)の高度化、チャットエージェントの開発などが挙げられ、これにより顧客向けのパーソナライズされたサービス提供や、業務プロセスの効率化が期待されています。
通信業界では、既存の事業領域である通信を超えて「グローバル人工知能(AI)企業」への転換を本格化させています。成長の限界に達した通信業の課題を克服し、既存の主力事業とのシナジーを創出することを目標としています。
日本就職を目指す韓国のエンジニア

韓国と日本におけるエンジニア採用の現状
韓国では、エンジニアの供給過多が深刻化しています。特に、初級から中級レベルのスキルを持つ人材は市場の需要を超えており、多くの若手エンジニアが就職難に直面しています。韓国の就職市場では大企業志向が強く、サムスンやNAVERといった有名企業への競争が激化していることが背景にあります。そのため、大企業への就職が叶わなかったエンジニアが就職浪人状態となるケースが増えているそうです。
一方、日本ではエンジニアの人材不足が深刻な状況です。経済産業省の調査によると、2030年には最大で約79万人のIT人材が不足すると予測されています。この背景には、デジタル化の進展に伴うIT需要の急増、少子高齢化による労働人口の減少、先端技術分野での人材育成の遅れが挙げられます。特に、AIやデータサイエンス、クラウド技術に精通した人材の不足が顕著であり、日本の企業は外国人エンジニアの採用に積極的になっています。

韓国エンジニアの日本就職への関心が高まる
このような環境の違いから、韓国のエンジニアが日本での就職を目指す動きが加速しています。韓国国内で就職が困難な若手エンジニアにとって、日本企業は魅力的な選択肢となっており、KORECのような就職支援サービスを活用して日本企業への内定を獲得するケースが増えています。
実際に、韓国の大学生や若手エンジニアの間では、日本語を学びながら日本での就職活動を進める人が増加しています。例えば、あるエンジニアは日本語の勉強を1年間独学で行い、日本のIT企業への就職を成功させました。このように、日本語能力試験(JLPT)を取得し、日本企業の採用面接を突破する韓国人エンジニアが増えているそうです。
まとめ
韓国におけるAI市場の発展は、政府の積極的な法制度整備と国家戦略、そして大手通信企業や民間企業による実務的なAI活用事例が相互に連携することで推進されています。
政府側は、AI基本法の制定や国家AI戦略を通じて、安全性・透明性の確保と産業育成のバランスを図りながら、世界トップクラスのAI大国を目指す取り組みを進めています。また、企業側では、通信業界をはじめとしたさまざまな分野で生成型AIの導入が進み、業務効率化や新サービスの提供が進展しており、実際に生産性向上が評価されています。
また、韓国ではエンジニアの供給過多、日本ではIT人材の深刻な不足という対照的な状況があり、韓国のエンジニアが日本就職を目指す流れが加速しています。今後も、韓国の若手エンジニアが日本市場で活躍する機会は増えると考えられ、日韓間のIT人材交流がより活発になっていくでしょう。
参考資料
2030年には20倍!? 韓国AI市場とエンターテインメント
韓国国会で「AI基本法」が議決(韓国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース
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