
これまで韓国では、「名門大学を卒業し、大企業に就職する」ことが、若者にとって理想的なキャリアパスとされてきました。特に、事務職や管理職などのオフィスワークに従事するいわゆる「ホワイトカラー職」が、安定と成功の象徴とされていたのです。
しかし近年、20〜30代の「MZ世代」の間では、工場や建設現場などで働く「ブルーカラー職」への志向が着実に広がっており、社会全体の就職観にも大きな影響を与え始めています。本記事では、その背景や理由、今後の見通しについて詳しく見ていきます。
韓国で進む「ブルーカラー志向」

2025年に実施された中央日報の調査によると、韓国の若者のうち53.4%がブルーカラー職に「肯定的」、44.4%が「中立」と回答しており、97.8%が拒否感を持っていないことが明らかになりました。また、「機会があればブルーカラー職に就きたい」と答えた人は、およそ70%にのぼっています。
このような流れを象徴する新語が、「공구벨트 세대(工具ベルト世代)」です。これは、工具ベルトを腰に巻いて働く技術者の姿に由来し、出世や肩書きよりも、実利や自由な働き方を重視する若者たちを指す言葉として、韓国社会で徐々に定着しつつあります。
一方、日本の若者の職業観を調査した「マイナビ 2024年卒大学生就職意識調査」によると、現時点で最も志望度の高い業種は、前年に続き「食品」がトップとなりました。また、「ホテル・旅行」業界は志望率が前年比0.8ポイント増の2.9%、「鉄道・航空」も0.7ポイント増加するなど、コロナ禍で一時的に敬遠されていた観光・航空分野の人気が回復傾向にあることがうかがえます。このように、日本の大学生の間では、現場職や技能職といったブルーカラー職への関心は韓国ほど高まっていないのが現状です。
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なぜブルーカラー志向が広がっているのか?
努力が報われる実感
ブルーカラー職の大きな魅力は、努力した分だけ成果が収入に直結するという点です。例えば、延世大学を卒業後、事務職として働いていた女性が壁紙施工職人(도배사)へと転身し、収入は約50%増加、7年目にはチーム長に昇進したというケースがあります。
このように、現場職では学歴や社内の人間関係よりも、自身の技術力と努力が評価の基準となるため、実力でキャリアを築きやすいことが、若者たちに支持される理由のひとつとなっています。
組織ストレスからの解放
ホワイトカラー職にありがちな上下関係、昇進競争、評価制度への不満から解放されたいという思いも、ブルーカラー志向の背景にあります。
現場職では成果が目に見えるかたちで評価されやすく、仕事とプライベートの境界が明確である点も魅力です。特に、長時間労働や業務外の雑務、人間関係のプレッシャーに疲れた若者が、「自分らしく働ける環境」を求めて技能職に転身するケースが増えています。
生成AIの台頭とホワイトカラー職の代替リスク
ChatGPTをはじめとする生成AIの普及により、韓国の若者の間では、事務職や管理職などのホワイトカラー業務はAIによる代替のリスクが高まっているという認識が広がっています。一方で、溶接や建築、設備工事などの現場系職種は、AIには代替しにくい業務とされており、今後も高い需要が見込まれています。
実際にアメリカやイギリスでも、「AIに奪われにくい職業」としてブルーカラー職への転職が進んでおり、韓国でもこの動きに呼応するかたちで若者の志向が変化しているといわれています。
高収入・高安定性の実現
特定のブルーカラー職では、ホワイトカラー職を上回る高収入を得ることが可能です。例えば、特高圧ケーブル作業員は月収800万〜1000万ウォン(約90万〜110万円)、現代自動車の生産職では年収1億ウォン(約1100万円)に達する例もあります。
「技能を身につければ安定して稼げる」「現場職のほうが待遇が良い」といった、いわゆる逆転現象が現実のものとなっていることが、ブルーカラー職への関心を高める要因となっています。
ワークライフバランスの実現
多くの現場職は、勤務時間が明確で残業が少なく、予定が立てやすいという特徴があります。特にMZ世代にとっては、「自由な時間を持ちたい」「プライベートを大切にしたい」といったライフスタイル重視の価値観が根付いており、それに合致する働き方として技能職が選ばれています。
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今後の展望

韓国におけるブルーカラー志向は、今後さらに拡大すると予想されています。その背景には、経済・人口・雇用といった構造的な社会変化が関係しています。
経済の低成長と産業自動化の進展
韓国経済は近年、長期的な成長鈍化の局面にあります。同時に、製造業を中心に自動化が進み、ロボット導入率は世界一の水準となっています。こうした環境の中で、企業はホワイトカラー職の効率化・縮小を進め、技能職の再評価が進んでいます。
ホワイトカラー雇用の縮小
韓国の大手企業では、生成AIの影響や人件費削減の観点から、事務・管理部門の人員削減を進めています。一方で、生産ラインやメンテナンス、工事などの職種では人材確保が急務となっており、若手の獲得に向けた待遇改善も進んでいます。
少子高齢化と労働力不足
韓国の合計特殊出生率は0.75(2024年)と、OECD諸国の中でも最も低い水準にあります。生産年齢人口の減少は今後も続く見込みで、技能を持つ若者はますます貴重な存在になると見られています。
まとめ
韓国の若者の間で広がるブルーカラー志向は、単なるトレンドではなく、経済・社会・技術の変化に対応した合理的なキャリア選択のひとつと考えられます。特にMZ世代は、達成感やワークライフバランスを重視しており、それらを実現できる職場が必ずしもホワイトカラー職である必要はないという価値観が定着しつつあります。
肩書きよりも実利、年功よりも成果を重視する若者たちにとって、日本の現場職は「努力が報われる仕事」として十分に魅力的な選択肢となり得ます。韓国人材の価値観や志向性を正しく理解し、その上で日本の現場職が持つ魅力を丁寧に伝えていくことが、グローバル人材の活用にもつながっていくでしょう。